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最近、インタビューからの記事作成が増えております。

浦田浩志

Mar 3, 2020

栄屋酒場

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「浦田君、取りに来てよ」

一昨日、電話がかかってきた。
近所の大衆酒場からだった。

聞けば、80歳を迎えるパパ(そう呼ばれている)が
なんでも病気になってしまい
行きつけだった大衆酒場を廃業したそうだ。

私はそこで焼酎のボトルを入れていたのだが
いつも、その酒はほとんど飲まず
日本酒ばかりを飲んでいた。

仕方がない。
しめサバやら穴子天やらアサリの酒蒸しとかが絶品で
うま味が倍々で増す日本酒がベストなのだから。

パパによると2月22日でラストだったらしい。
店を閉めて、いろいろ整理している中で
ボトルキープをしている客に電話をかけているようだった。

店を訪れてみると、閉店時に駆けつけそびれた
別のお客さんがビールと自前のアテで飲んでいた。

電話をもらったときは
スーパーで家族と買い物をしていたものだから
家族全員でパパに会いに行ったのだが
これは不思議な気分だ。

だって、パパの年齢を考えると実現はしないけれども
息子や娘が大きくなったら一緒に飲みたい筆頭の酒場だったから。

初めて来た酒場でもらったチョコレートを食べながら
「おもしろい店だねぇ」という息子。
いつもどおりはしゃいで何か壊さないか心配なぐらいだ。
「もう5歳か、早いなぁ。2歳の時に見たことあるよね」
パパは目を細めて、そう言った。

店の中には、もう市場に行く必要がなくなった
パパのホンダcubが置かれている。

「浦田君、やめちゃったよ」

いつか、来ると思っていたし、覚悟はあった。
でも、子育てで忙しくなり、なかなか行けない中で
ヨメと前みたいにこの栄屋酒場で一緒に飲む妄想ばかりしていた。

パパとは小一時間話したかな。
そしたら、パパは次の人に
「●●さん、廃業しちゃったよ」と電話をかけていた。

私は鈍感だった。
パパは、ボトルキープをしているお客に
個別に取りに来るように理由をつけて
一人ずつ、思い出の整理をしていたんだ。

「浦田君、買い占めで大変らしいけど
 トイレットペーパーあるの?
 店の備蓄をあげるよ」

パパは、そう言って
トイレットペーパーだけでなく
持っているお菓子を息子と娘に
私とヨメに、いつも使っていた味噌までくれた。
分かるよ、分かる。
身辺整理だ。

私とヨメが、横浜の中心部に住み始めた理由。
それは、この酒場に通いたいからだった。

この店の佇まいの中にパパとママがいて
「これが横浜の酒場だ」と思いながら
飲み食いするのが幸せだったんだ。

いつも、飄々としているパパだけど
なんだか、この日は強さを感じた。
それは、生命の強さというよりも
昭和23年からの店にけじめをつける意思の強さというか
武蔵屋なきいま
野毛界隈で一番長い歴史を持つ酒場をやりくりしてきた
一人の男の矜持がちらほらと垣間見えたのだった。
いや、やっぱり飄々としているんだけれども。

パパが少しでも長生きしてくれることを願ってやまない。

帰ってボトルを見たら
焼酎メーカーがこんな顛末を知らずに印刷した
「ありがとう」と書かれた紙が無責任にも
ぶらんと掛かっていた。

ありがとうは、こっちが言うことなのに!

連れて行けなかった人もいるし
連れて行けた人もいる。

あれが、横浜の大衆酒場だ。